中越学ぶ・体験する

“最後のサムライ”継之助の足跡を訪ねて

【E17】関越自動車道 長岡IC
雪雲
雪雲

司馬遼太郎氏が幕末の長岡藩軍事総督・河井継之助(継之助)を描いた「峠」が映画化されました。

「民は国の本、吏(役人)は民の雇」を信条とし、長岡藩の「非戦」「武装中立」を実現できずに、血で血を洗うような北越戊辰戦争を戦った越後の英傑です。その足跡を訪ねました。

 

まずは継之助を知るために、「河井継之助記念館」(長岡市長町1)https://tsuginosuke.net/

へ。北陸道長岡ICから20分ほどで到着。大きな継之助の写真パネルに迎えられました。

館内には、継之助が自ら操作して新政府軍と戦ったというガトリング砲や、司馬遼太郎氏直筆の「峠」の原稿などが展示されています。

「継之助は最期の日々が注目されますが、こちらを見てほしいんです」と、長岡市観光企画課の天野梢さんが紹介してくれたのは、継之助が江戸から備中、さらに長崎へ旅した際、日記のように書いた「塵壺(ちりつぼ)」。

日々の出来事や道中で見聞きした事、各藩の事情などが記されています。

「この旅が継之助に広い識見と世界観を持たせたのです」と天野さん。

記念館は継之助の屋敷跡にあり庭は当時の面影を残しているそうで、感慨深いものがありました。

次は車で2分ほどのJR長岡駅へ。

「なぜ?」と思うかも知れませんが、長岡藩や会津藩などの奥羽越列藩同盟軍(同盟軍)と新政府軍が激しく戦い落城、奪還、再落城という壮絶な歴史のある長岡城本丸跡が長岡駅です。

ちなみに長岡市役所などが入る複合施設「アオーレ長岡」が建つのは二の丸跡です。

当時をしのばせるものは皆無ですが、駅前の地下通路にある「長岡城 元旦登城の図」を見て「継之助がガトリング砲で戦った場所はどこだったろう?」と想像しました。

次は小千谷へむけて国道17号を南下。30分ほどでお目当てのラーメン店「手打ちらーめん 勝龍」https://red.ap.teacup.com/shouryu/に到着。

ガッツリ系で全国的にも有名なお店です。店主の細貝勝也さんはお客さんに「どちらからですか?」と声をかけるなど気さくで元気な方。

一番人気のみそラーメン(大盛り無料とのことでしたので、迷わず大盛り)を注文。ひき肉と野菜もどっさりのラーメンに、小皿に乗ったサービスというチャーシューを乗せました。

太麺に赤みそスープの愛称はバッチリ!おいしいラーメンと活気あふれるお店からパワーをいただきました!

勝龍から車で5分ほど走ると慈眼寺(小千谷市平成2)

https://www.city.ojiya.niigata.jp/soshiki/shogai/iwamura-kawaikaikennotokoro.html

があります。

長岡藩が戦争に巻き込まれるのを回避するために、継之助が新政府軍幹部と会談した寺です。

本堂右手の部屋で継之助に応対したのは、土佐藩の岩村精一郎。継之助は非戦思想と長岡藩の武装中立を伝え、徳川幕府と新政府の和睦を訴えますが、岩村は一蹴。

嘆願書を渡そうとする継之助を振り払い「さっさと戦争の支度をしろ!」と言い捨て岩村は去ったそうです。

戦争回避の思いが打ち砕かれた継之助の心中を想像するとやりきれません。見学者が名前を記すノートには「北は北海道から南は沖縄」から多くの人が来ていました。

慈眼寺から車で10分ほど走り、同盟軍入りした長岡藩が新政府軍と激突した場所を見に行きました。

信濃川にかかる「越の大橋」から、新政府軍を破った榎峠、強固な要塞を築いて、新政府軍をはね返した朝日山を感慨深く眺めました。橋の西詰には司馬遼太郎の石碑がありこちらも必見です。

小千谷ICから関越道に入り長岡ジャンクションで北陸道へ、長岡北スマートICで高速を降り、国道8号を経由して「長岡市北越戊辰戦争伝承館」(長岡市大黒町)

https://nagaoka-navi.or.jp/spot/42091

へ向かいました。

ここは長岡城を落とされた同盟軍が、新政府軍と一進一退の攻防を2か月近くも繰り広げた場所であり、城を奪還するために「八町潟(八丁沖)」と呼ばれた巨大な沼地を渡る奇策を取り、長岡城奪還を成功に結び付けた場所です。

館は旧海軍の山本五十六元帥(当時は中将)揮毫の「戊辰戦蹟記念碑」の向かいにあります。

この館最大の特徴は「住民から見た北越戊辰戦争」です。

戦いに巻き込まれた村人は土塁の構築などに動員されただけでなく、家々は焼かれ、犠牲者も出たそうです。当時の農民が記した日記から、村民の苦しみが淡々とした文章の行間から伝わります。

また、当時の銃弾や砲弾なども展示されています。

現在は美田になった八丁沖付近からは当時の激戦を想像することはできませんが、いまでも畑作業をしていると、銃弾が出てくることがあるそうです。

一度は長岡城を奪還したものの4日後に再び落城。継之助はその際に負った傷が悪化し、落ち延びた奥会津の只見で42年の生涯を閉じます。

 

八丁沖周辺には双方の兵士の遺体が残されており、戦いが集結した後に村人が軍の区別なく遺体を埋葬した「戦死供養塔」が館のすぐそばにあります。

そこにお参りして、犠牲となった方々の冥福と平和が続くことをお祈りして旅を終えました。

最期にお得情報です!

「峠 最後のサムライ 半券キャンペーン」があり、9月末まで映画の半券、河井継之助記念館の入館券を長岡市内のキャンペーン参加の飲食店やお店に示すと、割引やドリンクサービスなどが受けられます!利用しない手はありません!

詳しくはhttps://nagaoka-navi.or.jp/news/299

中越学ぶ・体験する

DRIVING COURSE 体験コース

  • 1日目
【E17】関越自動車道 長岡IC

車で約20分

河井継之助記念館

車で2分

JR長岡駅

車で約30分

手打ちらーめん 勝龍

車で約5分 

慈眼寺

車で約15分

榎峠・朝日山

車で約10分

【E17】関越自動車道 小千谷IC

車で約14分

【E8】北陸自動車道 長岡北スマートIC

車で約15分

長岡市北越戊辰戦争伝承館
雪雲
雪雲

加茂市出身。酒好きフォトグラファー兼ライタ―。スタジオアクティビスト主宰

何でもやりたがるオッサン。今は三線と料理、読書が趣味。アマゾンプライムの極道モノにはまってます(笑)

https://www.studioactivist.com/

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